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武田信玄〜信濃平定〜

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信玄(晴信)は、父信虎を追放し、家督を受け継いだ後、信濃平定に着手する。諏訪氏の内紛に介入して、伊奈郡の高遠頼継と手を結んで諏訪頼重を滅ぼして諏訪郡を平定する。その後、領土問題から頼継と対立して、これを好機と、高遠城を落とし頼継を、さらに大井貞隆・藤沢頼親も滅ぼして南信濃を完全に平定し、信方を諏訪郡代とする。

信玄(晴信)は東信濃の平定を目指して志賀城の笠原清繁を攻めて、これを攻略する。

1548年、佐久郡に勢力を持つ村上義清を攻めるが、激しい抵抗にあう。同年の上田原の戦い、1550年の砥石崩れの二度にわたる戦いで信玄は完敗を喫する。

これに乗じて、西信濃の小笠原長時が武田領に攻めてきたが、信玄はこれを塩尻峠の戦いで破って、1553年には義清も撃破する。1555年には木曽福島城主の木曽義昌を従え、信濃の大半を平定した。


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